Google翻訳20年に見る「AIと自分の境界線」問題

林 美里
林 美里 30代・ フリーランスデザイナー
Google翻訳が20周年を迎えたというニュースを読んで、ちょっと立ち止まって考えてしまった。
2006年にAIの実験として始まったこのサービスが、今では月間10億人以上のユーザーを抱えて、約250もの言語に対応している。20年でここまで来るのか、と。

デザイナーとしての自分には、これが他人事に思えなかった。

「使いこなす人」と「使われる人」の差はどこで生まれるか



翻訳ツールが進化してきた道筋って、MidjourneyやAdobe Fireflyが今たどっているのとすごく似てる。最初は「補助ツール」だったのに、いつの間にかそれ単体でかなりの品質が出せるようになる。

Google翻訳の新機能に「発音練習」というものがある。英語・スペイン語・ヒンディー語でAIがリアルタイムにフィードバックをくれる機能だ。これ、単純にすごいと思う。でも同時に「ここまで来たか」という感覚もある。

発音の矯正まで人間の代わりにやってくれるなら、次はどこまで踏み込んでくるんだろう。

デザインの世界でも、全く同じことが起きている。ロゴを作る、バナーを作る、ブランドカラーを提案する。そういう作業はもうAIがある程度やってくれる。クライアントに「AIで作ってみました」と持っていったら、意外と「これでいいんじゃないか」ってなることもある。

「自分が消える」恐怖の正体



私がずっと感じてきたジレンマを正直に言うと、「使わないと競合に負ける、でも全部任せると自分が消える」ということだ。

AIツールを使えば作業は早くなる。単価が下がる圧力もある。でも全部任せたら、私がやる意味って何?という問いが消えない。

Google翻訳の話に戻ると、面白いのは20年経っても「翻訳者」という職業が消えていないことだ。法律文書、詩、ニュアンスが命のコピーライティング。そういう領域では、人間の翻訳者がまだ強く求められている。

これはデザインでも同じ構造だと思う。ロゴを「作る」ことと、クライアントのブランドの文脈を読んで「意味をデザインする」ことは、全然違う仕事だ。AIが前者を担えるようになっても、後者はまだ自分の領域にある。

AIに任せてよい部分と、自分が手を動かすべき部分を意識的に分ける。それをやっているかどうかが、「使いこなす人」と「使われる人」の差になってくると思っている。

「自分らしさ」を守るための小さな習慣



最近、自分で決めていることがある。AIに出力させたものを、必ず一度「なぜこうなったのか」と言語化してからクライアントに出す、ということだ。

理由を説明できないものは使わない。それだけのルール。でもこれをやるだけで、「AIが作った」ではなく「自分が選んだ」になる感覚がある。

Google翻訳の20年の歩みを見ていると、テクノロジーは止まらないし、止める必要もないと思う。ただ、ツールと自分の境界線だけは、自分で引き続けないといけない。

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