最近、生成AIの保守運用コストについての記事を読んだ。企業向けの内容だったけど、読み進めるうちに「あ、これ自分にも関係ある話だ」と気づいた。
API従量課金が膨らむ原因として、記事では「高性能モデルを無制限に利用している」と「プロンプト設計が非効率でトークン消費が増える」という点が挙げられていた。企業だけの話じゃない。MidjourneyもAdobe Fireflyも、使い方が雑だとコストは普通に跳ね上がる。
フリーランスになって5年、正直ここ2年でAIツールへの感覚がガラッと変わった。最初は「これ使えば早くなる」という単純な期待だったけど、今は「どこまで任せるか」を常に考えながら使っている。ロゴのラフ案をFireflyで出して、そこから自分で手を入れていくスタイルが今のやり方。でもそれって、結局「自分の判断」が核になってるから成立してる。
AIが出すアウトプットをそのままクライアントに出したことは一度もない。それをやった瞬間、自分じゃなくてもいい存在になる気がして。この感覚、デザイナー仲間と話すと「わかる」って返ってくることが多い。
記事によると、企業レベルでは生成AIの保守運用費用の月額相場は60万〜200万円とのことだった。規模が違いすぎて笑えるけど、フリーランスでもサブスクが積み重なると案外バカにならない。Midjourneyのスタンダードプランで月30ドル、Adobeのコンプリートプランで月9,000円弱、さらにChatGPT Plusを入れたら月3,000円以上。気づいたら月2万円近くAIに払ってた、なんてことが去年あった。
しかもその出費が「仕事の質を上げてるか」と問われると、正直微妙なケースもある。便利だから使ってる、でもなくても困らなかったかも、という微妙なラインのツールが混じってる。
記事で「隠れコスト」として挙げられていた「評価設計・回帰テストのコスト」という概念、企業向けの話だけどフリーランスにも置き換えられると思った。自分のAI活用が本当に効いてるかを検証する時間、ちゃんと取れてるか。使ってるツールを「なんとなく続けてる」状態になってないか。
AIを使うことで競合より早く・安く仕事ができる、というのは確かにある。でも「使うこと」自体が目的になってくると、コストも判断力も鈍る。そこが怖い。
まず来月、自分が使っているAIツールのサブスクを全部書き出して、それぞれ「どの案件で何に使ったか」を整理してみようと思っている。感覚じゃなくて、ちゃんと数字で見たい。
API従量課金が膨らむ原因として、記事では「高性能モデルを無制限に利用している」と「プロンプト設計が非効率でトークン消費が増える」という点が挙げられていた。企業だけの話じゃない。MidjourneyもAdobe Fireflyも、使い方が雑だとコストは普通に跳ね上がる。
「使わないと負ける」は本当にそうなのか
フリーランスになって5年、正直ここ2年でAIツールへの感覚がガラッと変わった。最初は「これ使えば早くなる」という単純な期待だったけど、今は「どこまで任せるか」を常に考えながら使っている。ロゴのラフ案をFireflyで出して、そこから自分で手を入れていくスタイルが今のやり方。でもそれって、結局「自分の判断」が核になってるから成立してる。
AIが出すアウトプットをそのままクライアントに出したことは一度もない。それをやった瞬間、自分じゃなくてもいい存在になる気がして。この感覚、デザイナー仲間と話すと「わかる」って返ってくることが多い。
コストの感覚がズレると怖い
記事によると、企業レベルでは生成AIの保守運用費用の月額相場は60万〜200万円とのことだった。規模が違いすぎて笑えるけど、フリーランスでもサブスクが積み重なると案外バカにならない。Midjourneyのスタンダードプランで月30ドル、Adobeのコンプリートプランで月9,000円弱、さらにChatGPT Plusを入れたら月3,000円以上。気づいたら月2万円近くAIに払ってた、なんてことが去年あった。
しかもその出費が「仕事の質を上げてるか」と問われると、正直微妙なケースもある。便利だから使ってる、でもなくても困らなかったかも、という微妙なラインのツールが混じってる。
記事で「隠れコスト」として挙げられていた「評価設計・回帰テストのコスト」という概念、企業向けの話だけどフリーランスにも置き換えられると思った。自分のAI活用が本当に効いてるかを検証する時間、ちゃんと取れてるか。使ってるツールを「なんとなく続けてる」状態になってないか。
AIを使うことで競合より早く・安く仕事ができる、というのは確かにある。でも「使うこと」自体が目的になってくると、コストも判断力も鈍る。そこが怖い。
まず来月、自分が使っているAIツールのサブスクを全部書き出して、それぞれ「どの案件で何に使ったか」を整理してみようと思っている。感覚じゃなくて、ちゃんと数字で見たい。