AIに仕事を渡すたびに、自分が薄くなる気がした

林 美里
林 美里 30代・ フリーランスデザイナー
経営企画の人たちが生成AIで市場調査や資料づくりを圧縮している、という記事を読んだ。プロンプト例まで載っていて、かなり実用的な内容だった。正直、「ああ、あの人たちもそうか」と思った。

デザイナーである自分も、この2年でAIツールとの距離感をずっと測ってきた。Midjourneyで方向性のラフを出して、Adobe Fireflyで素材をふくらませて、最終的に手を動かして仕上げる。そういう流れが今の自分の標準になっている。でも、使えば使うほど「これって、本当に自分の仕事なのか」という感覚が薄く漂ってくる。

「速くなった」のに「やった感」がない



独立して5年目。最初の3年くらいは、ロゴ1案にだいたい3〜4時間かけていた。リサーチして、手書きでスケッチして、Illustratorで起こして。時間はかかるけど、その過程に自分なりの思考が積み重なっていた気がする。

Midjourneyを使いはじめてからは、同じ工程が1時間前後に縮んだ。数字だけ見ればいいことのはずだ。ただ、パートナーに「最近仕事楽しそうじゃないね」と言われたのがそのころだった。自分では気づいていなかったから、少し怖かった。

楽しいか楽しくないかじゃなく、「手応えがあるかどうか」の問題だ。活版印刷を趣味でやっているのも、たぶん同じ理由だ。鉛の版に力をかけて紙に押しつける、その抵抗感とずれない感触が好きで続けている。デジタルの仕事にそれがなくなってきたのかもしれない、と最近は思う。

「消えない部分」をどこに置くか



先月、飲食店のリブランディングを受けた。3店舗を運営するオーナーで、売上は年商で1.2億前後とのこと。新しいロゴと店舗サインを含むフルパッケージで依頼がきた。

ラフ出しの段階でFireflyを使ったら、オーナーに「これ、AIですか?」と聞かれた。「方向性の確認に使っています」と正直に答えた。少し間があって、「それならいいですが、最終は林さんの手仕事感を残してほしい」と言われた。

そこで気づいたのは、クライアントが買っているのは「出力物」だけじゃないということだ。その人の解釈、判断、文脈の読み方、そういう見えない部分に値段がついている。AIに任せられる部分は任せていい。でも、その「見えない部分」まで渡したら、自分はただのオペレーターになってしまう。

迷うのは、その境界線がどこにあるかが毎回違うことだ。ロゴなら「コンセプト設計とトーン判断は自分」で落ち着いた。Webディレクションなら、またどこかが変わってくる。

経営企画の人たちが羨ましいとも思った



話を戻すと、最初に読んだ記事の経営企画の人たちは、ある意味ラクだなと感じた。調査や資料づくりをAIに任せても、「企画という職能」は消えない。アウトプットの質で自分の存在を問われるわけじゃないから、ツール化に迷いが少ない。

デザインは違う。アウトプットそのものが自分の個性のはずで、そこにAIが入ってくると、どこまでが「自分の仕事」なのかが曖昧になる。これはデザイナーに限らず、音楽家でも写真家でも同じジレンマを抱えているんじゃないかと思う。

パナソニックグループが全社でAIアシスタントを導入して業務効率化を進めている、という事例も記事に出ていた。大企業ならそれでいいかもしれない。でも自分みたいな個人は、ツールを使いながら「自分はどこにいるのか」を問い続けるしかない。答えは出ないけど、問い続けること自体が自分の仕事のど真ん中にある、とそう感じている。

あなたはAIに何かを渡したとき、自分の何が残っていると感じているだろうか。

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