NVIDIAのCEOジェンスン・ファンがComputexで登壇するというニュースを見た。
Microsoftとの協業と、N1・N1XというARMチップの話だ。
Surfaceラインを「新しいPCの時代」と銘打って打ち出してくる、らしい。
正直、最初は「ハードの話か」と思ってスルーしかけた。
でも少し読んでいたら、ちょっと待てと思い始めた。
2012年にNVIDIAのTegraチップを積んだSurface RTが出て、惨敗に終わったのは知ってる。
あれは当時、デザイン系の人たちの間でも「使えない」と言われていた。
クリエイティブ用途でWindowsのARMが動かないのは、単なる不便じゃなくて致命傷だった。
でも今回のN1Xは文脈が違う。
Qualcommが持っていたWindows 11 ARM版の独占ライセンスが終わるかもしれない、という話まで出ている。
そこにNVIDIAが割って入ってくるなら、GPU性能はどうなるんだろうと思い始めた。
AI画像生成のローカル処理、IllustratorやAfter Effectsの描画速度、そういうところが変わりうる。
パートナーに「NVIDIAがノートPC用チップ作るって話、知ってた?」と聞いたら
「それゲーミングPC系の話じゃないの」と言われた。
違う、そうじゃなくて……と説明しかけて、うまく言えなかった。
デザイナーにとってチップの性能変化がどれだけ仕事に直結するか、説明が難しい。
Midjourneyのバージョンが上がるたびに試して、Adobe Fireflyの新機能を確認して、
ローカルで動く生成AIをテストするためにマシンのスペックを調べて……という作業が、ここ2年ほど続いている。
それ自体は嫌いじゃない。正直、新しいツールを触るのは楽しい。
でも最近ちょっと怖いのは、ツールの更新サイクルに自分が追いつくことを「仕事」だと思いはじめていること。
クライアントのロゴを磨いたり、ブランドの世界観を言語化したりする、あの時間が圧迫されてきた気がする。
先月、5年つきあいのある飲食チェーンのクライアントから
「ロゴリニューアル、AIでさっとできるんじゃないですか」と言われた。
10店舗を超えてきて、既存のブランドイメージとの整合性が複雑になっている案件だ。
さっとできない、というより、さっとやったら後で絶対に困る。
でもその説明をするのに、いつもより少し多くのエネルギーを使った。
ハードウェアが進化して、ローカルで重い処理が軽々と動くようになれば、
AIツールの活用場面はさらに広がる。
MidjourneyやFireflyをより細かく、より速く回せる環境ができる。
それはたぶん、良いことだ。
ただ、迷うのはここから先。
処理速度が上がって生成クオリティが上がったとき、
自分の手の跡ってどこに残るんだろう、とまた考えてしまう。
活版印刷を趣味でやっていると、印圧のムラとか、インクの乗り方の不均一さが、
「いい」と言われることがある。
デジタルで完璧に再現できないものに、意味を感じる人がいる。
デザインも、そういう感触を持つものでありたいと思っている。
使わないと競合に負ける。でも全部任せると自分が消える。
この2つの間を、今日もうろうろしている。
NVIDIAのキーノートを見終わったら、もう一度自分のポートフォリオを見直してみようと思った。
AIが得意な部分と、自分にしかできない部分の境界線を、改めて引き直す作業として。
Microsoftとの協業と、N1・N1XというARMチップの話だ。
Surfaceラインを「新しいPCの時代」と銘打って打ち出してくる、らしい。
正直、最初は「ハードの話か」と思ってスルーしかけた。
ハードウェアの話が、じわっと自分事になる
でも少し読んでいたら、ちょっと待てと思い始めた。
2012年にNVIDIAのTegraチップを積んだSurface RTが出て、惨敗に終わったのは知ってる。
あれは当時、デザイン系の人たちの間でも「使えない」と言われていた。
クリエイティブ用途でWindowsのARMが動かないのは、単なる不便じゃなくて致命傷だった。
でも今回のN1Xは文脈が違う。
Qualcommが持っていたWindows 11 ARM版の独占ライセンスが終わるかもしれない、という話まで出ている。
そこにNVIDIAが割って入ってくるなら、GPU性能はどうなるんだろうと思い始めた。
AI画像生成のローカル処理、IllustratorやAfter Effectsの描画速度、そういうところが変わりうる。
パートナーに「NVIDIAがノートPC用チップ作るって話、知ってた?」と聞いたら
「それゲーミングPC系の話じゃないの」と言われた。
違う、そうじゃなくて……と説明しかけて、うまく言えなかった。
デザイナーにとってチップの性能変化がどれだけ仕事に直結するか、説明が難しい。
ツールの進化についていく、という疲れ
Midjourneyのバージョンが上がるたびに試して、Adobe Fireflyの新機能を確認して、
ローカルで動く生成AIをテストするためにマシンのスペックを調べて……という作業が、ここ2年ほど続いている。
それ自体は嫌いじゃない。正直、新しいツールを触るのは楽しい。
でも最近ちょっと怖いのは、ツールの更新サイクルに自分が追いつくことを「仕事」だと思いはじめていること。
クライアントのロゴを磨いたり、ブランドの世界観を言語化したりする、あの時間が圧迫されてきた気がする。
先月、5年つきあいのある飲食チェーンのクライアントから
「ロゴリニューアル、AIでさっとできるんじゃないですか」と言われた。
10店舗を超えてきて、既存のブランドイメージとの整合性が複雑になっている案件だ。
さっとできない、というより、さっとやったら後で絶対に困る。
でもその説明をするのに、いつもより少し多くのエネルギーを使った。
消えたくない、でも遅れたくもない
ハードウェアが進化して、ローカルで重い処理が軽々と動くようになれば、
AIツールの活用場面はさらに広がる。
MidjourneyやFireflyをより細かく、より速く回せる環境ができる。
それはたぶん、良いことだ。
ただ、迷うのはここから先。
処理速度が上がって生成クオリティが上がったとき、
自分の手の跡ってどこに残るんだろう、とまた考えてしまう。
活版印刷を趣味でやっていると、印圧のムラとか、インクの乗り方の不均一さが、
「いい」と言われることがある。
デジタルで完璧に再現できないものに、意味を感じる人がいる。
デザインも、そういう感触を持つものでありたいと思っている。
使わないと競合に負ける。でも全部任せると自分が消える。
この2つの間を、今日もうろうろしている。
NVIDIAのキーノートを見終わったら、もう一度自分のポートフォリオを見直してみようと思った。
AIが得意な部分と、自分にしかできない部分の境界線を、改めて引き直す作業として。