社内でClaude Code(Anthropic社が提供するコーディング支援AIエージェント)やCowork(同社の協業型AIエージェント機能)の利用を検討・運用しているIT部門やコンプライアンス担当者に向けた内容です。2026年8月11日、Anthropic社はコンプライアンスAPIの対象範囲を広げ、社員のPC上でローカル実行されるセッションの記録も取得できるようにしました。ベンダー管理やガバナンス設計に関わる方の判断材料になればと思います。
これまでAIエージェントの監査というと、クラウド側で完結する対話ログの取得が中心でした。今回の変更はその前提を崩します。社員の手元マシンで動くAIエージェントの操作履歴まで、企業側が一元的に取得できる仕組みが整った点が要注意です。
何が変わったのか
今回追加されたのは「Retrieve local sessions」という機能です。Claude Enterprise(Anthropic社の企業向けプラン)の組織を対象に、ベータ版として提供されています。
具体的には3つのAPIエンドポイントが新設されました。組織内の全セッション一覧を返すGET /v1/compliance/apps/sessions/local、特定セッションのメタデータを返すGET /v1/compliance/apps/sessions/local/{session_id}、そしてそのセッションの対話記録全文を返すGET /v1/compliance/apps/sessions/local/{session_id}/messagesです。
認証には既存の「Compliance Access Key」とread:compliance_user_dataという権限スコープを使います。新しい認証基盤を別途構築する必要はなく、既存のコンプライアンス基盤の延長線上で導入できる設計です。
注目すべきは「local」という語です。これはCowork や Claude Code が、クラウドではなく社員個人のPC上で実行されたセッションを指します。従来のコンプライアンスAPIは、claude.aiのWebやモバイルで開始されたリモートセッションが対象でした(8月3日のアップデートでsessions/remoteが追加されています)。今回はそれと対になる形で、ローカル実行分の可視化が実現しました。
なぜこの区別が重要なのか
リモートセッションとローカルセッションの違いは、単なる実行場所の違いにとどまりません。ガバナンスの観点では、監査対象データの発生源が「ベンダーのクラウド環境」か「自社の管理外にある社員端末」かという根本的な違いです。
社員が自分のノートPC上でClaude Codeを起動し、社内の非公開リポジトリを操作しながらAIに指示を出す場面を想像してください。この操作履歴は従来、クラウド側のログには残らず、企業のコンプライアンス部門が把握する手段が限られていました。今回のAPIはこの「見えない領域」に監査の光を当てる仕組みです。
一方で、これは監視強化そのものが目的の機能ではありません。金融・医療・公共分野など、規制対応で操作証跡の保存が求められる業種にとっては、AIエージェント導入の障壁を下げる意味合いが大きいと考えられます。証跡が取得できないことを理由に導入を見送っていた組織にとっては、検討再開の材料になり得ます。
既存の監査基盤・関連機能との比較
Anthropic社は同時期に関連機能も追加しています。8月5日には「Inference hooks」(推論フック)がベータ提供されました。これは組織のAIセキュリティサーバーに対して、推論実行前に許可・拒否の判定を仰ぐ仕組みです。判定結果はコンプライアンスの「Activity Feed」(活動記録)に残ります。
コンプライアンスAPIとInference hooksは役割が異なります。前者は「事後の記録取得」、後者は「事前の実行制御」です。既にSIEM(セキュリティ情報イベント管理システム)やDLP(情報漏えい防止ツール)を運用している組織であれば、この2系統をどう既存基盤に接続するかが検討ポイントになります。
日本企業の文脈で言えば、これは従業員のPC操作ログを取得する資産管理ツール(IT資産管理・EDRなど)の考え方と近い構造です。すでにエンドポイント監視の仕組みがある組織なら、AIエージェントのログをその運用フローに組み込めるかどうかが導入判断の分かれ目になります。
導入・見直しにあたって今日確認できること
すでにClaude Enterpriseを契約している、あるいは検討中の組織は、以下を確認しておくと判断がしやすくなります。
- 契約プランがClaude Enterpriseに該当するか(ベータ機能は現時点でこのプラン限定です)
- Compliance Access Keyが発行済みか、
read:compliance_user_dataスコープが付与されているか - 社員がClaude CodeやCoworkをローカル実行する業務がどの部署にあるか棚卸しする
- 取得したログの保存先・保存期間・アクセス権限を誰が管理するか社内規程で定義できているか
- Inference hooksを併用する場合、既存のセキュリティサーバー(SIEM等)との連携設計が必要かどうか
これらはAnthropic社の公式ドキュメント内「Retrieve local sessions」「Retrieve remote sessions」「Inference hooks」の各ページで、リクエスト例とレスポンス形式が確認できます。ベータ機能である以上、正式リリース時に仕様変更が入る可能性がある点も踏まえて検証環境で試すのが無難です。
コスト面では、今回の機能自体に追加課金の記載はありません。ただし同じ8月10日の更新で、Claude Sonnet 5の価格が入力100万トークンあたり2ドル・出力10ドルのまま据え置かれることも発表されています。当初予定されていた9月1日からの3ドル・15ドルへの値上げは行われません。AIエージェント活用のコスト試算をしている場合は、この価格改定見送りも合わせて反映しておく価値があります。
まとめ
ローカル実行セッションの監査APIは、AIエージェントの「見えない利用領域」を可視化する一歩です。規制業種での導入障壁を下げる可能性がある一方、社員端末のログ収集という性質上、労務・プライバシー面の社内合意も欠かせません。
判断のポイントは3つです。契約プランの確認、既存のログ管理・SIEM基盤との接続可否の検討、そして取得データの保存・アクセス権限を定める社内規程の整備です。
ベータ提供である以上、まずは検証環境でAPIレスポンスの中身を確認し、自社のコンプライアンス要件に耐えうる粒度かどうかを見極めるところから始めるのが現実的です。