MITのFractalが突きつけた「見えない脆弱性」という経営リスク

石井 雅之
石井 雅之 50代・ 大手製造業・部長
先日、MITの研究チームがチップの脆弱性を研究するための独自OS「Fractal」を開発したというニュースを読みました。専門的な内容ではあるのですが、セキュリティ担当の部下がSlackに流してくれたので、昼休みにじっくり読んでみたんです。

読んで最初に感じたのは、率直に言って「これは他人事ではない」という感覚でした。SpectreやMeltdownといった脆弱性は、チップのアーキテクチャそのものに起因するわけです。ソフトウェアのアップデートで完結する話ではない。私どもの工場でも製造ラインの制御システムにIntelやARM系のプロセッサが入っていますし、営業部門のPCも当然そうです。M1チップの調査でAppleがすでに報告を受けているという事実も、記事の中で触れられていました。

Fractalが発見したのが「ファントム投機」という現象で、通常の命令がCPUに分岐として誤って解釈されることで、プログラムが要求していない投機的な動作が引き起こされるというものです。これが特権レベルを越えて情報に触れる経路になり得るという話は、製造業のIT環境で考えると背筋が少し寒くなります。

現場のセキュリティ対策は「見えているもの」しか守れない



私の部門では、毎年の情報セキュリティ監査に向けてベンダーと協力しながらチェックリストをこなしています。エンドポイント対策、ネットワーク監視、アクセス権限管理——これらは整備してきたつもりです。ただ、今回のFractalの話を読んで気づいたのは、私たちが守ろうとしているのは「OSの上の世界」だという点です。

チップの内部構造、つまりキャッシュや分岐予測といったマイクロアーキテクチャのレベルになると、既存のセキュリティツールは正直なところほとんど何も見えていない。ラヴィチャンドラン氏が「手持ちの拡大鏡と電子顕微鏡の違い」と表現していましたが、これはなかなか本質を突いている言い方だと感じました。

部下の一人に、この記事を読んでの感想を聞いてみました。製造ラインのOT(運用技術)セキュリティを担当している若手です。彼は「M1のCSV2という保護機能が動作する前に命令キャッシュへのフェッチが起きているという話が怖い」と言っていました。保護機能がある、でも保護が動く前に漏れる経路がある——こういうロジックは、稟議書に書きやすいリスクではありません。

経営陣への説明をどう組み立てるか



セキュリティ関連の投資を経営陣に説明するとき、私はいつも「何が防げるか」を数字で示すように意識しています。ただ、今回のようなチップレベルの脆弱性は、防御の効果が見えにくい。現時点でFractalは研究インフラとして公開されていますが、このツールが攻撃者の手に渡れば、従来のセキュリティ監査では見つけられない経路が悪用されるリスクが出てきます。

製造業で1500名規模の組織を動かしていると、工場の制御システムへのサイバー攻撃は事業継続そのものに直結します。2021年の海外での製造拠点へのランサムウェア攻撃事例がいくつも報道されましたが、それらとは異なる次元のリスクが、チップレベルでは存在しています。

とはいえ、今すぐ自社の全端末を入れ替えるような意思決定は現実的ではありません。まず私がやろうと思っているのは、現在契約中のセキュリティベンダー2社に対して、マイクロアーキテクチャレベルの脅威をどう捉えているかをヒアリングすることです。明確な回答ができないベンダーなら、それはそれで選定の判断材料になります。

Fractalはx86_64、ARM64、RISC-Vをサポートしており、研究者が使い慣れた標準ツールの移植版も提供されているとのこと。つまり、研究コミュニティでの活用が広がれば、未知の脆弱性が加速度的に発見されていく可能性があります。この流れを、次回の情報セキュリティ委員会でどう共有するか——ここ数日はそれを考えています。あなたの会社では、チップレベルのリスクを誰がウォッチしていますか。

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