AIに仕事を渡せば渡すほど、自分が薄くなる気がする

林 美里
林 美里 30代・ フリーランスデザイナー
Endavaというソフトウェア会社がOpenAIのエージェント技術を全社に組み込んで、開発フローそのものを作り直している、という記事を読んだ。ChatGPT EnterpriseとCodexを使って、ワークフローを自動化しながらAIネイティブな文化を作る、という話だ。

デザインとは畑が違うけど、読みながらどこかヒヤッとした。

エンジニアリングの世界でこれだけ「エージェントに任せる」が当たり前になってきたなら、デザインの世界にも確実に波は来る。というか、もう来てる。自分も使ってる。MidjourneyもAdobe Fireflyも、最初は「補助ツール」のつもりで触り始めた。でも最近、使い方が変わってきている気がして、それがちょっと怖い。

「補助」が「主役」になる瞬間



たとえば、ロゴ案の初期ラフ。以前は何枚もスケッチして、そこから方向性を絞っていた。今はFireflyに「シンプル、ミニマル、クラフト感のある食品ブランド向け」みたいなプロンプトを入れて、10案くらい一気に出してしまう。それをベースに整えて納品する、という流れが定着しつつある。

正直、スピードは上がった。クライアントも喜んでいる。

ただ、先週、5年来の取引先の担当者に「最近の林さんのデザイン、前より整ってるけど、なんか林さんらしさが薄い気がする」と言われた。褒めているのか、指摘しているのかも微妙なニュアンスだった。帰り道、ずっとそれが頭から離れなかった。

AIが出した方向性に、自分が寄っていってしまっている。

スケッチの段階で手を動かしていると、ペンが紙に触れる感触の中から「あ、こっちか」という気づきが生まれる。それは頭で考えているわけじゃなくて、もっと身体に近いところで起きることだ。Fireflyはそのプロセスをすっ飛ばしてしまう。出てきたものが悪くないから、つい先へ進んでしまう。でも何かが積み上がっていない感覚がある。

「全部任せると自分が消える」という感覚の正体



Endavaの事例で興味深かったのは、エージェントに任せる部分と、人間が判断する部分を意図的に設計している点だ。自動化しながらも「AIネイティブな文化を作る」という表現が使われていた。ツールに振り回されるのではなく、ツールの使い方ごと再設計している。

それを読んで、自分はどうだろうと迷った。

活版印刷が趣味なのは、デジタルでは手に入らない「ズレ」や「にじみ」が好きだからだ。完璧じゃないのに、なぜか温度がある。あの感覚を仕事のデザインにも持ち込もうとずっとやってきた。でもAIで最適化を重ねると、その「ズレ」がどんどん削られていく。

AIが苦手なのは、たぶんこういう部分だ。


  • クライアントの声のトーンや、社長の性格から読み取る「言葉にならない好み」

  • ブランドの歴史や傷跡みたいなものを、あえてビジュアルに残す判断

  • 「整っているけど冷たい」をギリギリ手前で止める感覚



これは経験と直感の話で、プロンプトに書き起こせるものじゃない。

使い方を自分で設計し直すしかない



Endavaがワークフローごと作り直したように、自分もAIをどこで使ってどこで使わないかを、もう少しちゃんと考え直す必要があると思っている。

今は「とりあえず全工程に使える」状態になってしまっていて、それが「林さんらしさが薄い」につながっているんじゃないか。

たとえばの話だけど、初期スケッチはアナログに戻す。Fireflyはカラーパレットの検証や、背景テクスチャの候補出しに使う。プロンプトを入れる前に、紙に一言「このブランドの核心は何か」を書いてから始める。そういうちょっとした儀式みたいなものが、自分のフィルターを守ることになるかもしれない。

パートナーに「最近仕事どう?」と聞かれて「AIが上手くなってきて迷ってる」と答えたら「それって困ってるの?」と返ってきた。困ってるのかどうかもわからないのが正直なところで、使えば楽になるけど、楽になるほど何かが減っていく感じがする。そのバランスをどこに引くか、まだ答えが出ていない。

Endavaのような大企業は「エージェントに任せる量を増やす方向」で設計しているけど、フリーランスのデザイナーにとっては、自分らしさこそが商品だ。任せる量を増やすことが必ずしも正解じゃない。その前提のズレを、もう少し言語化してクライアントに説明できるようになりたいと思っている。

無料相談受付中

AI開発・DX推進についてお気軽にご相談ください。オンライン30分から。

無料相談を申し込む