ノイキャンヘッドホンが教えてくれた「消えない自分」の話

林 美里
林 美里 30代・ フリーランスデザイナー
Bose の QuietComfort Ultra が $379 になった、というニュースを読んだ。第二世代で、バッテリーが30時間持つようになって、USB-CでロスレスAudioにも対応しているらしい。正直、スペックより「折りたためる」という一言に目が止まった。

ここ最近、移動中に作業する機会が増えた。クライアントとの打ち合わせで都内を行き来して、カフェで参考画像を整理して、帰りの電車でフォント選びの候補を詰める。そういう細切れの時間に、いいノイキャンがあるとどれだけ助かるかは身に染みてわかっている。今使っているのは2世代前のモデルで、外音がじわじわ入ってくるあの感じに、毎回うっすらイライラしている。

でも今日、このヘッドホンの記事を読みながら頭にあったのは機材の話ではなかった。「環境を整えれば集中できる」という前提そのものに、ちょっと引っかかりを感じていた。

AIツールに囲まれると、自分の声が聞こえなくなる



デザインの仕事にAIを使い始めて、もう2年以上になる。Midjourney でムードボードを作ったり、Adobe Firefly で背景を生成して切り貼りしたり。「こういう雰囲気で」とプロンプトを打てば、それっぽい画像が30秒で出てくる。クライアントに提案するときのスピードは、正直、以前とは比べものにならない。

効率はあがった。でも、何かが変わった気もする。

以前は、ムードボードを作るのに美術館で撮った写真や、活版印刷のワークショップで手に入れたテクスチャ素材や、自分で買い集めた古い洋書のページを並べていた。時間はかかる。でも、その過程で「なぜこの色が好きなのか」「この余白のバランスはどこから来たのか」を自分の中で言語化していた。それがそのままデザインの芯になっていた。

AIを使うと、その内省のプロセスがごっそり抜ける。プロンプトを磨く技術は上がるけど、自分の美意識を育てる時間が削られている感覚がある。

「使わないと負ける」と「任せると消える」の間で



先月、パートナーに「最近つくってるもの、どれも似てる気がする」と言われた。悪気はないのはわかっていた。でも、正直ちょっと刺さった。

自分でも薄々感じていたことだったから。Midjourney の出力には傾向がある。プロンプトをどう工夫しても、ある種の「AIっぽい完成度」が乗っかってくる。洗練されているように見えて、どこか均質だ。私の仕事に私らしさが残っているか、ときどき迷う。

でも、使わないという選択肢はもう現実的じゃない。フリーランスのデザイナーが競合する相手は、AIを使いこなしている同業者だ。制作スピードで負けたら、そこで話が終わる。価格交渉の場でも「なぜこの金額なのか」を説明するとき、スピードと完成度のバランスは説得力の根拠になる。

だから、使う。ただ、どこまで任せるかは毎回考える。

最近試しているのは、AIを「最初のたたき台」には使わないというルールだ。最初の方向性だけは、自分の手で決める。参考画像を選ぶのも、配色の大枠を決めるのも、人間の自分がやる。そこだけ守ると、AIを使っても「これは私が作ったもの」という感覚が残る気がしている。まだ検証中で、うまくいっているかどうかはわからない。

ノイキャンで消えるのは雑音だけでいい



話をヘッドホンに戻すと、QuietComfort Ultra の「外音を消す」という機能は、私が求めているものとは少し違う、と気づいた。

私が本当に消したいのは、作業中にSNSで流れてくる「AI最強、手描きオワコン」みたいな雑音だ。外の音より、そっちのほうがずっと集中を乱す。

AIは使う。でも、自分の美意識は手放さない。その両立を模索しているのが今の自分だ。次のクライアントワークでは、最初のスケッチだけはアナログで起こしてみようと決めている。デジタルに移る前に、鉛筆で手を動かす時間を作る。小さなことだけど、それが自分に残る何かを守る方法な気がしている。

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