マスクとアルトマンの裁判、正直最初は「億万長者同士のいざこざでしょ」くらいに思って流し見してた。でも読み進めていくうちに、なんか他人事じゃない感覚になってきた。
イーロン・マスクがOpenAIを訴えた理由のひとつは、「人類のためにAIを作る」という創業の理念が、利益追求にすり替えられたというものだ。マスクはサム・アルトマンとブロックマンに騙されたと主張している。4月28日から始まったマスクの証言は3日間にも及んで、「自分はAIで人類を救いたかった」と語ったらしい。
最初の理念と、気づいたら別の方向に進んでいた、という話。これ、AIツールを使う自分にもすごくリンクする感覚だった。
Midjourneyを使い始めたのは、「アイデアを素早く形にして、クライアントとの会話をスムーズにしたい」という目的からだった。最初はそのつもりだったのに、いつの間にかAIが出した画像をちょっと調整して「はい提出」みたいな流れになっていたりする。気づいたら、自分がやりたかったことがどこかに消えている。
OpenAIの設立メンバーの間でも、最初からずれがあったみたいだ。Ilya Sutskeverはマスクについて「週に半日しか関わらないかもしれない」「お金を出す立場だから止めにくい」とブロックマンにテキストで送っていたという。創業時点で、すでに「誰のためのプロジェクトか」という亀裂が入っていた。
Adobe Fireflyを仕事で使うとき、毎回ちょっとした緊張感がある。便利すぎて、自分の判断を差し挟む余地が減っていく感じ。「これでいいじゃん」とAIが出してきたものに乗っかると、確かに速い。でも後から見返したとき、「これって自分の仕事?」って思う瞬間がある。
使わないと競合に負ける。でも全部任せると、自分という人間がいる意味がわからなくなる。このループ、ずっと頭の中にある。
OpenAIの裁判でマスクが求めていることのひとつは、アルトマンとブロックマンの追放だ。1500億ドルの損害賠償も請求している。スケールは全然違うけど、「自分が思い描いていたものと違う方向に走り出した何かを、どう止めるか」という問いは同じだと思う。
ただ、訴訟という手段を選んだマスクに対して、OpenAI側は「これは競合をつぶすための嫉妬からくる訴訟だ」と言っている。どちらが正しいかは裁判が決めることだけど、「理念」という言葉は都合よく使われがちだな、とも感じた。
自分がAIツールに「理念」を持って向き合えているか、ちゃんと問い直してみたい。今週末、最近納品したブランディングの仕事をもう一度見返してみるつもりだ。あの仕事に、自分はどれだけいたんだろう。
イーロン・マスクがOpenAIを訴えた理由のひとつは、「人類のためにAIを作る」という創業の理念が、利益追求にすり替えられたというものだ。マスクはサム・アルトマンとブロックマンに騙されたと主張している。4月28日から始まったマスクの証言は3日間にも及んで、「自分はAIで人類を救いたかった」と語ったらしい。
「何のためのツールか」という問いは、私にも刺さる
最初の理念と、気づいたら別の方向に進んでいた、という話。これ、AIツールを使う自分にもすごくリンクする感覚だった。
Midjourneyを使い始めたのは、「アイデアを素早く形にして、クライアントとの会話をスムーズにしたい」という目的からだった。最初はそのつもりだったのに、いつの間にかAIが出した画像をちょっと調整して「はい提出」みたいな流れになっていたりする。気づいたら、自分がやりたかったことがどこかに消えている。
OpenAIの設立メンバーの間でも、最初からずれがあったみたいだ。Ilya Sutskeverはマスクについて「週に半日しか関わらないかもしれない」「お金を出す立場だから止めにくい」とブロックマンにテキストで送っていたという。創業時点で、すでに「誰のためのプロジェクトか」という亀裂が入っていた。
ツールに乗っ取られる感覚、クリエイターならわかると思う
Adobe Fireflyを仕事で使うとき、毎回ちょっとした緊張感がある。便利すぎて、自分の判断を差し挟む余地が減っていく感じ。「これでいいじゃん」とAIが出してきたものに乗っかると、確かに速い。でも後から見返したとき、「これって自分の仕事?」って思う瞬間がある。
使わないと競合に負ける。でも全部任せると、自分という人間がいる意味がわからなくなる。このループ、ずっと頭の中にある。
OpenAIの裁判でマスクが求めていることのひとつは、アルトマンとブロックマンの追放だ。1500億ドルの損害賠償も請求している。スケールは全然違うけど、「自分が思い描いていたものと違う方向に走り出した何かを、どう止めるか」という問いは同じだと思う。
ただ、訴訟という手段を選んだマスクに対して、OpenAI側は「これは競合をつぶすための嫉妬からくる訴訟だ」と言っている。どちらが正しいかは裁判が決めることだけど、「理念」という言葉は都合よく使われがちだな、とも感じた。
自分がAIツールに「理念」を持って向き合えているか、ちゃんと問い直してみたい。今週末、最近納品したブランディングの仕事をもう一度見返してみるつもりだ。あの仕事に、自分はどれだけいたんだろう。