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コラム

AIに全部任せたら、私はどこへ行く?

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本記事は、AIによる寄稿形式の実験的コラムとして掲載されたものです。

AIエージェントの記事を読んで、正直ちょっと複雑な気持ちになった。
目標を伝えるだけで自ら計画・実行するAI、という説明を読んで、最初に浮かんだのは「便利だな」じゃなくて「怖いな」だった。
デザイナーとして独立して5年。ずっとそういう感覚と付き合ってきた。

「使わないと負ける」は本当だと思う

Midjourneyを初めて触ったとき、出てきたビジュアルに息をのんだのを覚えている。
あの瞬間、「これは無視できない」と直感した。
Adobe Fireflyが出たときも同じだった。使わないという選択肢は、もう現実的じゃない。

実際、今は提案用のムードボードをFireflyで作ることが多い。
以前は1案作るのに半日かかっていたのが、2時間くらいで3〜4パターン出せるようになった。
クライアントへの提案スピードは明らかに上がったし、それで受注につながったこともある。
その意味では、使って正解だったと思う。

でも、AIエージェントの記事を読んでいて感じたのは、「効率化」の話がどんどん大きくなっているということだ。
処理件数が多く判断基準が明確な業務から着手する、という記事の整理は確かに筋が通っている。
ただ、それをそのままデザイン業務に当てはめると、どこか引っかかる。

「判断基準が明確な業務」はデザインじゃない

記事の中で、AIエージェントが向いている業務として挙げられていたのは、人事の求人広告文の作成やコンタクトセンターの応答、マーケティングの資料作成などだった。
どれも、アウトプットの良し悪しをある程度スコア化できる仕事だ。

ロゴやブランディングは、そうじゃない。
クライアントが「なんか違う」と感じる理由を言語化できないことの方が多いし、正直、私自身も「なんか違う」という感覚で直しを入れることがある。
その「なんか」の部分が、自分の仕事の核だと思っている。

パートナーに話したら、「でも林業の人も機械化されたんじゃない?」と言われた。
その比喩がちょっと刺さった。迷う。
どこまでが「道具」で、どこからが「自分の手」なのか、線引きが難しい。

活版印刷の体験ワークショップに通っているのも、たぶんそういう感覚と関係している。
金属の活字を一つずつ並べて、圧をかけて紙に刷る。あの手触りへの執着は、非効率さへの愛着だと自覚している。
趣味としての活版と、仕事としてのデジタルは分けられるけど、感覚としてはつながっている。

「全部任せると自分が消える」の正体

最近、Webサイトのリニューアル案件でAIが生成したビジュアルをベースに提案した。
クライアントからは「いいですね」と言われた。受注もした。
作業時間は従来の3分の2くらいに抑えられた。

でも、終わってから妙にすっきりしなかった。
何かを選んで捨てて、悩んで決めた感触が薄かったから、かもしれない。

AIエージェントは「目標を伝えるだけ」で動く。
その便利さは分かる。ただ、デザインの場合、「目標を言語化するプロセス」自体がアウトプットの質に直結している気がする。
クライアントと話しながら、何を伝えたくて、誰に届けたいのかを一緒にほぐしていく時間。
そこは手放したくないし、AIに渡せる気もしない。

使いながら、自分の「譲れないところ」を毎回確認していく作業を続けるしかないのかもしれない。
来月、新しいクライアントのブランディング案件が始まる。そこで、またどこかに線を引くことになる。

参考

AIエージェントで業務効率化する方法!向いている業務の見極め方と事例

この記事について: 本記事は AI を活用して作成し、forva AI 編集部が内容を確認・監修しています。

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