Record Clubというサービスを知ったのは、Vergeの記事を読んだときだ。Letterboxdの音楽版をめざしている、というやつ。映画はLetterboxd、本はGoodreads、じゃあ音楽は?ってずっと空白だった場所に、ちゃんとしたUIで入ってきたサービスがある。
Rate Your Musicは前から知っていた。でも、あのインターフェイスの密度がどうしても苦手で。情報量が多すぎて、「記録する」より「調べる」場所という感じがしてしまう。Record Clubはその点、画面がすっきりしていて、アルバムにレーティングをつけたり、聴いた記録を残したり、聴きたいキューに積んでおいたりができる。データはオープンソースの音楽百科事典MusicBrainzから引いているらしい。
正直、機能の話よりもまず「これ、デザインがいいな」と思ってしまった。プロフィールにお気に入りの5枚を並べられる仕様とか、ヘビロテ中の5枚も別で置けるとか。そういう「見せ方の設計」がちゃんと考えられている。使いながら、誰がこれをデザインしたんだろうと少し調べたくなった。
自分はふだん、音楽を作業中にかなり流している。集中するときはインストもの、気分を上げたいときはちょっとうるさいやつ。でも「今日何を聴いたか」をちゃんと覚えていないことが多い。Spotifyの再生履歴はあるけど、それはただのログで、自分の感想がない。Record Clubみたいな場所があると、聴くことに少し意識が戻る気がする。
パートナーが映画をLetterboxdで記録しているのを横で見ていて、「あれ、ちょっといいな」とずっと思っていた。見た映画に星をつけて、一言メモして、友達がどれを見たか流れてくる。消費しっぱなしじゃなくて、ちゃんと自分の中に残していく感じ。音楽でもそれがほしかった。
ここから急に仕事の話になるけど、これって自分がAIデザインツールに感じている葛藤と少しつながっている。MidjourneyやAdobe Fireflyを使うたびに、「これは自分が作ったのか?」という問いが頭の端に残る。出てきたビジュアルはきれいだ。クライアントも喜ぶ。でも、どういう判断でその形になったかを自分が語れない。
音楽の消費も似ていて、Spotifyがレコメンドして流れてきたものをぼんやり聴いていると、何を選んだのか自分にわからなくなる。Record Clubに記録をつけるのは、「これは自分が選んだ」という意識を取り戻す行為だ。デザインのプロセスで手を動かすことが、AIに全部任せることへの抵抗感と同じ構造をしている、と気づいた。
先月、ロゴ案をAIに複数パターン出させて、そこから選んでブラッシュアップした仕事があった。クライアントには喜ばれたし、納期も守れた。でも、自分の中で何かが薄い感じがした。その薄さが積み重なると、自分が何者かわからなくなるんじゃないかとちょっと怖い。
手を動かすことに価値があるのか、アウトプットだけが価値なのか。その問いに答えが出ないまま、毎月仕事をしている。Record Clubで音楽の記録をつけるのは、趣味の話だ。でも「選んだものを言語化して残す」という習慣が、デザインの仕事でも自分を保つ練習になるかもしれない、と思っている。
ラベルごとアーティストをフォローできる機能があって、4ADやWarpが例に挙がっていた。レーベルの美意識ごと追える、というのはデザイン的にも面白い視点だ。アルバムジャケットのデザインを見る目も変わりそうで、しばらく使ってみることにした。
Rate Your Musicは前から知っていた。でも、あのインターフェイスの密度がどうしても苦手で。情報量が多すぎて、「記録する」より「調べる」場所という感じがしてしまう。Record Clubはその点、画面がすっきりしていて、アルバムにレーティングをつけたり、聴いた記録を残したり、聴きたいキューに積んでおいたりができる。データはオープンソースの音楽百科事典MusicBrainzから引いているらしい。
正直、機能の話よりもまず「これ、デザインがいいな」と思ってしまった。プロフィールにお気に入りの5枚を並べられる仕様とか、ヘビロテ中の5枚も別で置けるとか。そういう「見せ方の設計」がちゃんと考えられている。使いながら、誰がこれをデザインしたんだろうと少し調べたくなった。
「記録する」ことと「消費する」ことの境界
自分はふだん、音楽を作業中にかなり流している。集中するときはインストもの、気分を上げたいときはちょっとうるさいやつ。でも「今日何を聴いたか」をちゃんと覚えていないことが多い。Spotifyの再生履歴はあるけど、それはただのログで、自分の感想がない。Record Clubみたいな場所があると、聴くことに少し意識が戻る気がする。
パートナーが映画をLetterboxdで記録しているのを横で見ていて、「あれ、ちょっといいな」とずっと思っていた。見た映画に星をつけて、一言メモして、友達がどれを見たか流れてくる。消費しっぱなしじゃなくて、ちゃんと自分の中に残していく感じ。音楽でもそれがほしかった。
AIツールと「記録」は、実は似た問題を抱えている
ここから急に仕事の話になるけど、これって自分がAIデザインツールに感じている葛藤と少しつながっている。MidjourneyやAdobe Fireflyを使うたびに、「これは自分が作ったのか?」という問いが頭の端に残る。出てきたビジュアルはきれいだ。クライアントも喜ぶ。でも、どういう判断でその形になったかを自分が語れない。
音楽の消費も似ていて、Spotifyがレコメンドして流れてきたものをぼんやり聴いていると、何を選んだのか自分にわからなくなる。Record Clubに記録をつけるのは、「これは自分が選んだ」という意識を取り戻す行為だ。デザインのプロセスで手を動かすことが、AIに全部任せることへの抵抗感と同じ構造をしている、と気づいた。
先月、ロゴ案をAIに複数パターン出させて、そこから選んでブラッシュアップした仕事があった。クライアントには喜ばれたし、納期も守れた。でも、自分の中で何かが薄い感じがした。その薄さが積み重なると、自分が何者かわからなくなるんじゃないかとちょっと怖い。
手を動かすことに価値があるのか、アウトプットだけが価値なのか。その問いに答えが出ないまま、毎月仕事をしている。Record Clubで音楽の記録をつけるのは、趣味の話だ。でも「選んだものを言語化して残す」という習慣が、デザインの仕事でも自分を保つ練習になるかもしれない、と思っている。
ラベルごとアーティストをフォローできる機能があって、4ADやWarpが例に挙がっていた。レーベルの美意識ごと追える、というのはデザイン的にも面白い視点だ。アルバムジャケットのデザインを見る目も変わりそうで、しばらく使ってみることにした。