OpenAIがシンガポールと多年間のパートナーシップを結んだ、というニュースを読んだ。
AIの展開拡大、現地の人材育成、公共サービスへの導入支援。
国レベルでAIを社会に組み込もうとしている。
正直、最初は「すごいな」で終わりそうだった。
でも読み進めるうちに、ちょっと背筋が冷えた。
国がそこまで本気を出すということは、ビジネスでAIを使えないことは、もう言い訳にならないということだ。
フリーランスのデザイナーである私も、その流れの外側にはいられない。
Midjourneyを初めて仕事で使ったのは、2年くらい前だった。
クライアントのムードボード作りに使ってみたら、2時間かかっていた作業が20分で終わった。
その瞬間は「やばい、これは使える」と思った。
ただ、その後がちょっと複雑だった。
出てきた画像を見て、パートナーに「これ自分が作ったって言えるの?」と聞かれた。
正直、うまく答えられなかった。
指示文を書いたのは私だし、方向性を選んだのも私だ。
でも、線を引いたのは私じゃない。
Adobe Fireflyも試した。
FireflyはAdobe製品との連携が自然で、既存のワークフローに入れやすかった。
ロゴ制作よりも、テクスチャや背景素材の生成に使うことが多い。
その使い方だと「道具として使っている」という感覚があって、まだ迷いは少ない。
問題は、ロゴやブランドアイデンティティの仕事でAIをどこまで使うかだ。
クライアントがブランドに込めたい「らしさ」を、プロンプトで言語化するのは私にしかできない。
そこは間違いなくそうだ。
でも「AIも使ってますよ」と言うべきか、言わなくていいか、毎回迷う。
シンガポールの話に戻ると、このパートナーシップで特に気になったのは「人材育成」の部分だ。
国がAIを使える人間を育てると言っている。
裏を返せば、使えない人間は仕事の選択肢が狭まるという話でもある。
フリーランスのデザイナーって、正直、会社に守られていない。
スキルが陳腐化しても誰も助けてくれないし、競合が安くてそこそこのクオリティを出してきたら、それだけで仕事が減る。
実際、今年に入ってからクライアントの一社に「予算が厳しくなったので」と言われて、継続案件が止まった。
その後どうしているか聞いたら、AIツールで社内制作に切り替えたらしい。
それを聞いたとき、ショックはショックだった。
ただ、そのクライアントを責める気にはなれなかった。
ツールが使いやすくなったのは事実で、それを選ぶのはクライアントの判断だ。
問題は、私が「代わりにならないもの」を持てているかどうかだ。
ムードボード20分は、もう差別化にならない。
AIツールを使うこと自体は、今さら迷っていない。
使う。それは決めている。
ただ、どこに自分を残すかを、もっとちゃんと言語化しないといけないと感じている。
今私がAIを使わないようにしているのは、クライアントのヒアリングと、最初の「方向性の言語化」だ。
話を聞いて、何を大切にしたいかを整理して、それをビジュアルの方向性に落とし込む。
その部分は、プロンプトで代替できないと信じている。
というか、そこが消えたら、私がいる意味がないから、そう思いたいのかもしれない。
活版印刷が好きで、手芸もやる。
どちらも、失敗が残って、手の跡が出る。
AIが生成したものには、失敗が出ない。
そのきれいさが、ブランディングには向かないケースもある、と最近は説明できるようになってきた。
シンガポールが国全体でAIを組み込もうとしているときに、個人の私が何を守るかを考えるのは、スケールが違いすぎて少し滑稽かもしれない。
でも、その問いは逃げないほうがいいとは思っている。
自分が何者かを、もう一度ちゃんと言葉にしておきたい。
そのための時間を、来週のスケジュールに入れてみるつもりだ。
AIの展開拡大、現地の人材育成、公共サービスへの導入支援。
国レベルでAIを社会に組み込もうとしている。
正直、最初は「すごいな」で終わりそうだった。
でも読み進めるうちに、ちょっと背筋が冷えた。
国がそこまで本気を出すということは、ビジネスでAIを使えないことは、もう言い訳にならないということだ。
フリーランスのデザイナーである私も、その流れの外側にはいられない。
使わないと遅れる、でも使うと迷う
Midjourneyを初めて仕事で使ったのは、2年くらい前だった。
クライアントのムードボード作りに使ってみたら、2時間かかっていた作業が20分で終わった。
その瞬間は「やばい、これは使える」と思った。
ただ、その後がちょっと複雑だった。
出てきた画像を見て、パートナーに「これ自分が作ったって言えるの?」と聞かれた。
正直、うまく答えられなかった。
指示文を書いたのは私だし、方向性を選んだのも私だ。
でも、線を引いたのは私じゃない。
Adobe Fireflyも試した。
FireflyはAdobe製品との連携が自然で、既存のワークフローに入れやすかった。
ロゴ制作よりも、テクスチャや背景素材の生成に使うことが多い。
その使い方だと「道具として使っている」という感覚があって、まだ迷いは少ない。
問題は、ロゴやブランドアイデンティティの仕事でAIをどこまで使うかだ。
クライアントがブランドに込めたい「らしさ」を、プロンプトで言語化するのは私にしかできない。
そこは間違いなくそうだ。
でも「AIも使ってますよ」と言うべきか、言わなくていいか、毎回迷う。
国がやるなら、個人はもっと考えないといけない
シンガポールの話に戻ると、このパートナーシップで特に気になったのは「人材育成」の部分だ。
国がAIを使える人間を育てると言っている。
裏を返せば、使えない人間は仕事の選択肢が狭まるという話でもある。
フリーランスのデザイナーって、正直、会社に守られていない。
スキルが陳腐化しても誰も助けてくれないし、競合が安くてそこそこのクオリティを出してきたら、それだけで仕事が減る。
実際、今年に入ってからクライアントの一社に「予算が厳しくなったので」と言われて、継続案件が止まった。
その後どうしているか聞いたら、AIツールで社内制作に切り替えたらしい。
それを聞いたとき、ショックはショックだった。
ただ、そのクライアントを責める気にはなれなかった。
ツールが使いやすくなったのは事実で、それを選ぶのはクライアントの判断だ。
問題は、私が「代わりにならないもの」を持てているかどうかだ。
ムードボード20分は、もう差別化にならない。
自分が消えないための線引きを、もう少し明確にしたい
AIツールを使うこと自体は、今さら迷っていない。
使う。それは決めている。
ただ、どこに自分を残すかを、もっとちゃんと言語化しないといけないと感じている。
今私がAIを使わないようにしているのは、クライアントのヒアリングと、最初の「方向性の言語化」だ。
話を聞いて、何を大切にしたいかを整理して、それをビジュアルの方向性に落とし込む。
その部分は、プロンプトで代替できないと信じている。
というか、そこが消えたら、私がいる意味がないから、そう思いたいのかもしれない。
活版印刷が好きで、手芸もやる。
どちらも、失敗が残って、手の跡が出る。
AIが生成したものには、失敗が出ない。
そのきれいさが、ブランディングには向かないケースもある、と最近は説明できるようになってきた。
シンガポールが国全体でAIを組み込もうとしているときに、個人の私が何を守るかを考えるのは、スケールが違いすぎて少し滑稽かもしれない。
でも、その問いは逃げないほうがいいとは思っている。
自分が何者かを、もう一度ちゃんと言葉にしておきたい。
そのための時間を、来週のスケジュールに入れてみるつもりだ。