Google DeepMindが「AI co-clinician(AIによる共同臨床医)」という研究構想を発表した。
WHOが2030年までに医療従事者が1000万人以上不足すると予測している、という話から始まる内容だった。
医療とデザインって全然違う話に見えるかもしれない。
でも読み進めるうちに、なんか他人事じゃないなと感じてしまった。
医師の仕事をAIが「一緒にやる」という発想。
「全部任せる」じゃなくて「隣にいる」という立ち位置がポイントだと思う。
AI co-clinicianという名前自体、そこへのこだわりを感じた。
フリーランスで5年やってきて、AIツールへの向き合い方はずっと悩みどころだ。
Midjourneyでビジュアルを出して、Adobe Fireflyで微調整して、という流れが日常になってきた。
正直、使わなかった頃より作業スピードは上がっている。
クライアントへの提案点数も増えた。
でも同時に、「このビジュアル、本当に自分が作ったと言えるか?」という感覚がじわじわ来る。
ロゴやブランディングって、クライアントの話を何時間も聞いて、その人の言葉にならない雰囲気をかたちにする仕事だ。
その部分はまだAIには無理だと思っている。
でも、最初のたたき台をAIに出させている時点で、どこかが変質しているかもしれない。
AI co-clinicianが面白いのは、医師を置き換えるんじゃなくて、医師の隣に立つという設計思想だ。
DeepMindの記事には、世界的な臨床専門家の不足を背景にした話が丁寧に書かれている。
AIがその不足を「補完する」という言い方をしていた。
この「補完」という言葉、デザインの文脈でも使いたいなと思った。
私がMidjourneyに出させるのは、あくまで素材候補だ。
そこから何を選ぶか、何を削るか、クライアントのどういう感情に寄せるか。
その判断は全部自分がやっている。
そう考えると、自分もすでに「AI co-designer」みたいな働き方をしているのかもしれない。
ただ怖いのは、その判断力が鈍ってくることだ。
AIが出す「それっぽいもの」に慣れすぎると、自分のゼロベースの発想力が落ちる気がしている。
活版印刷の勉強を続けているのも、多分その感覚を保ちたいからだと思う。
手でインクを乗せて、ズレや滲みと向き合う時間は、デジタルとは全然違う刺激がある。
医療の話に戻ると、AI co-clinicianが「臨床医の経験値を奪うのでは」という議論は絶対に出てくると思う。
デザインでも同じ構図だ。
AIを使いこなすほど便利になるけど、その分だけ「使わなかった自分」が育てていた何かが減っていく。
この問いに対して、今の自分に明確な答えはない。
でも少なくとも、AIに出させた案を「そのまま提出する」ことだけは、今後も絶対にしないと決めている。
その一線を守ることが、クリエイターとして残れるかどうかの分岐点だと思っている。
あなたはAIツールを使いながら、「ここだけは譲れない」と決めていることはあるか?
WHOが2030年までに医療従事者が1000万人以上不足すると予測している、という話から始まる内容だった。
医療とデザインって全然違う話に見えるかもしれない。
でも読み進めるうちに、なんか他人事じゃないなと感じてしまった。
医師の仕事をAIが「一緒にやる」という発想。
「全部任せる」じゃなくて「隣にいる」という立ち位置がポイントだと思う。
AI co-clinicianという名前自体、そこへのこだわりを感じた。
「使わないと負ける」の重圧はどの業界も同じ
フリーランスで5年やってきて、AIツールへの向き合い方はずっと悩みどころだ。
Midjourneyでビジュアルを出して、Adobe Fireflyで微調整して、という流れが日常になってきた。
正直、使わなかった頃より作業スピードは上がっている。
クライアントへの提案点数も増えた。
でも同時に、「このビジュアル、本当に自分が作ったと言えるか?」という感覚がじわじわ来る。
ロゴやブランディングって、クライアントの話を何時間も聞いて、その人の言葉にならない雰囲気をかたちにする仕事だ。
その部分はまだAIには無理だと思っている。
でも、最初のたたき台をAIに出させている時点で、どこかが変質しているかもしれない。
「隣にいるAI」という設計の重さ
AI co-clinicianが面白いのは、医師を置き換えるんじゃなくて、医師の隣に立つという設計思想だ。
DeepMindの記事には、世界的な臨床専門家の不足を背景にした話が丁寧に書かれている。
AIがその不足を「補完する」という言い方をしていた。
この「補完」という言葉、デザインの文脈でも使いたいなと思った。
私がMidjourneyに出させるのは、あくまで素材候補だ。
そこから何を選ぶか、何を削るか、クライアントのどういう感情に寄せるか。
その判断は全部自分がやっている。
そう考えると、自分もすでに「AI co-designer」みたいな働き方をしているのかもしれない。
ただ怖いのは、その判断力が鈍ってくることだ。
AIが出す「それっぽいもの」に慣れすぎると、自分のゼロベースの発想力が落ちる気がしている。
活版印刷の勉強を続けているのも、多分その感覚を保ちたいからだと思う。
手でインクを乗せて、ズレや滲みと向き合う時間は、デジタルとは全然違う刺激がある。
医療の話に戻ると、AI co-clinicianが「臨床医の経験値を奪うのでは」という議論は絶対に出てくると思う。
デザインでも同じ構図だ。
AIを使いこなすほど便利になるけど、その分だけ「使わなかった自分」が育てていた何かが減っていく。
この問いに対して、今の自分に明確な答えはない。
でも少なくとも、AIに出させた案を「そのまま提出する」ことだけは、今後も絶対にしないと決めている。
その一線を守ることが、クリエイターとして残れるかどうかの分岐点だと思っている。
あなたはAIツールを使いながら、「ここだけは譲れない」と決めていることはあるか?